スティーヴン・ウィリアム・ホーキング
ヴェーダを学習するための準備として学ぶべき学問「ヴェーダーンガ(ヴェーダ補助学)」のうちの一つが「ジョーティシャ(天文学/インド占星学)」の位置づけではありますが、あえて現代宇宙論との関連にも目を向けるならば興味深い点が浮かび上がってきます。
ジョーティシャにおいて宇宙は思考の産物です。そもそも出生時の星の配置が描かれるクンダリーが示すこととは、そのクンダリーの持ち主の思考の回路そのものであり、またそのクンダリーの持ち主が見た宇宙とは、自身の思考、そして生き方の投影に他なりません。
ここで例に挙げるのは理論物理学者であるスティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士です。
ジョーティシャの宇宙観と哲学に基づくならば、ホーキング博士の見た宇宙と、彼自身の出生クンダリーの間に照応関係が見い出されることになるでしょう。
ホーキング博士の星の配置は以下の通りです。
【太陽:射手座、月:乙女座、火星:牡羊座、水星:山羊座、木星:牡牛座、金星:山羊座、土星:牡羊座、ラーフ:獅子座、ケートゥ:水瓶座】
※ここでは仮に月の位置を乙女座にとり、検証しています。
7
|
8 火星(Ma) 土星(SaR) |
9 木星(GuR)
|
10 |
6 ケートゥ (Ke)
|
|
11
|
|
5 金星(Sk) 水星(Bu) |
12 ラーフ (Ra) |
||
4 太陽(Sy) |
3
|
2
|
1 月(Ch) |
博士の業績といえば宇宙はなぜ、どのように誕生したのか、またその存在理由など根源的な謎に挑み、アインシュタイン以後の宇宙論の発展に大きく貢献したという点にあります。
まずは1965年に発表された「特異点定理」と彼の出生クンダリーとの関連ですが、ホーキング博士の月を乙女座に取るならば彼の火星と土星が在住する領域は月から見て八室目の牡羊座にあたります。
ここにおいて火星(噴射)と土星(抑圧)の物理的に相反する性質が示す強力な結合が、大きさがゼロで密度が無限大という「特異点」に象徴されています。
火星と土星の組み合わせは、どちらも死や障害をもたらすものであり、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるかのような激しいストレスや不自然さをもたらします。この結合が八室目で起こることから彼の人生において死の体験同然の出来事が起こりますし、生涯にわたって強烈な影響を及ぼすことになります。それは慢性的な問題となり、一般的には説明のつかない症状、容易に解決のつかない問いを提示するでしょう。彼のクンダリーにとって火星は自室に在住し、最終的にすべての惑星を支配する存在であることがこの問題に拍車をかけています。現に彼は病気が判明した二十一歳の時点について「私の希望は無に帰した。それ以降のことは、すべておまけだ」と述べています。
また、特筆すべき点はこの八室が表示する主題が、まさに彼の生涯の研究テーマであったブラックホールそのものと照応関係にあることです。
彼が一時は存在しない方に賭けたという、はくちょう座X-1に存在するブラックホールをジョーティシャで描写しますと、蠍座と射手座の境目付近に該当します。夏の夜空を見上げるならばはくちょう座の隣に天の川が流れているでしょう。天の川は銀河の中心方向を指していますが、これを黄道十二星座に置き換えるならば、蠍座と射手座の境界付近にあたります。
またこの境界をナクシャトラ(星宿)の観点から見れば、最長老を意味するジェーシュターという星宿と根源を意味するムーラという星宿の境目でもあります。
ちなみに太陽系を人格化し全宇宙を一つの身体として見た場合、太陽系にとっての頭部を表す第一室は牡羊座に該当します。
同じ原理が相似して個々人のクンダリーにも転写されるので、個人にとっての第八室は蠍座の性質を帯び、第九室は射手座の性質を帯びるのです。
つまり博士の第八室目である牡羊座は博士にとっての「特異点」でありブラックホールであったと言えます。そこには様々な矛盾を孕み、非常な努力を要する火星と土星が在住するので、彼にとってブラックホールの研究は彼自身の存在に対する問いであり、彼自身の寿命を突破するための挑戦でもあったのでしょう。
1983年に発表された「無境界仮説」はアインシュタインの相対性理論を破綻させないまま宇宙の始まりを記述しようとしたものであり、自らも提唱した「特異点」に縛られずに乗り越えることを試みたものでした。
宇宙の根源はあらゆる法則が崩壊する一点に頼らざるを得ないこと(特異点)は彼の月から見た八室目の火星と土星に表され、それは彼自身の寿命の限界をも象徴したかもしれません。それに対し、法則を破綻させることなく新たな真理を見出すこと(無境界仮説)により、自らを生きながらにして転生させる試みが九室(法則)在住の木星(真理)によって表されていることが見て取れます。
これは彼自身の人生においても自らの肉体的限界を乗り越えることで立証したことです。
宇宙の始まりにおける空間や時間は、北極点において緯度、経度の方向の区別がつかないように曖昧で、「特異点」のようなはっきりとした点ではなく、境界のない、スムーズなものなのだとホーキング博士は形容したそうです。
ジョーティシャの聖典『ブリハット・パラーシャラ・ホーラ・シャーストラ』第一章九節には次のような記述がみられます。
एकोऽव्यक्तात्मको विष्णुरनादिः प्रभुरीश्वरः शुध्दसत्वो जगत्स्वामी निर्गुणस्त्रिगुणान्वितः
eko’vyaktātmako viṣṇuranādiḥ prabhurīśvaraḥ Śuddhasatvo jagatsvāmī nirguṇastriguṇānvitaḥ
〔唯一、非顕現なる真の自己(アートマン)、ヴィシュヌに始まりはなく、強力かつ清らかな純質の宇宙の主であり、無属性ながらも三種の属性を所有する〕
この節で仮に非顕現と訳したアヴィヤクタという言葉について、シャンカラーチャーリヤは『バガヴァッド・ギーター』第二章二十五節の注釈においてこのように述べています。
अनिन्द्रियगोचरत्वात् अचिन्त्यः(anindriyagōcaratvāt acintyaḥ)
それは感官の対象とはならないもの、という解釈ですがジョーティシャにおいて五感は牡牛座によって象徴されます。その牛を表すサンスクリット語の一つが「ゴー」です。
ここで用いられている「ゴーチャラ」という言葉は牛が草を食む領域の事を言い、それは暗に感官が感覚対象物を食む(認識し享受する)事が可能な領域を表しています。
すなわち、ここでのアヴィヤクタは牡牛座の示す感官の対象物とはならない存在であると考えられます。博士にとってのブラックホールを表す八室は、感覚器官を表す牡牛座の一つ前の星座である牡羊座で示されている点も象徴的です。
この宇宙はなぜ、どのように生まれたのかという疑問は自らがなぜ誕生したのかという問いに他ならず、また、宇宙がどのように消滅するのか、またその後はどうなるのかという疑問は己の死を探求することに他ならないのでしょう。
宇宙が存在する理由を究めることは自己の存在理由を究めることと同義なのです。
彼は自身の運命にあるブラックホールから逃げ出すことに成功した稀有な人物であり、そのことによって、単なる科学者ではなく世界中の病に苦しむ人々を鼓舞することができる存在となり得たのかもしれません。
もちろん、ここで取り上げた星の組み合わせの持ち主すべてが宇宙を探求するわけではありません。けれども人間は持ち合わせた特性を生かして自らの宇宙を存分に生きることができるという、現代宇宙論における好例ではないでしょうか。